スマートフォン専用ページを表示

HITOIKI Blog

山行と読書

2012年11月11日

晩秋の頭殿山(平成22年11月13日)

過去の山行 朝日連峰 登山
 登山口までの悪路覚悟で頭殿山に登った。新車のヴァンガードはやはり枝で傷ついていたが、新雪に包まれた朝日連峰が突如、眼前に現れた時は感動した。
画像
登山
過去の山行 朝日連峰 登山
0
0

関連する記事

  • ヒューム「人間本性論」から学ぶ、やりがい..

  • ヒューム「人間本性論」から学ぶ、やりがい..

  • ヒューム「人間本性論」から学ぶ、やりがい..

  • ライプニッツ「ライプニッツ−アルノー..

  • ライプニッツ「形而上学叙説」を読んで(4..

  • ライプニッツ「形而上学叙説」を読んで(3..

  • ライプニッツ「形而上学叙説」を読んで(2..

  • ドゥルーズ「意味の論理学」を読む(35)..

  • ドゥルーズ「意味の論理学」を読む(34)..

  • ドゥルーズ「意味の論理学」を読む(33)..

速報 雨呼山紅葉狩り(平成24年11月10日)

若松寺の杉木立(平成24年11月10日)

この記事へのコメント

コメントを書く

この記事へのトラックバック

リンク集

  • tabi & photo-logue 3
  • ソロで生きる
  • 山形の山や自然を写真で紹介
  • dera(cahier41)さんのヤマレコ
  • にゃんたさんのYAMAP
  • 「行ってみたい‼」と思わせ隊
  • うるしさんのヤマレコ
  • 奥さんの晴歩雨読
  • HITOIKIの思索の扉

人気記事

検索

カテゴリ

  • 登山 (1904)
  • 雑記 (33)
  • 哲学 (29)
  • 職場 (7)
  • 村山葉山 (6)
  • つぶやき (6)
  • 山行 (61)
  • ライプニッツ (1)
  • 飯豊 (5)
  • ニーチェ (2)
  • 山の論点 (9)
  • 旅 (3)
<< 2022年12月
>>
日 月 火 水 木 金 土
            1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のコメント

  • 「蔵王葉ノ木沢林道のダケカンバ(令和3年8月1日)」
    - by HITOIKI (11/06)
  • 「蔵王葉ノ木沢林道のダケカンバ(令和3年8月1日)」
    - by 山形市/H夫 (11/06)
  • 「蔵王葉ノ木沢林道のダケカンバ(令和3年8月1日)」
    - by HITOIKI (11/05)
  • 「蔵王葉ノ木沢林道のダケカンバ(令和3年8月1日)」
    - by 山形市/H夫 (11/05)
  • 「蔵王葉ノ木沢林道のダケカンバ(令和3年8月1日)」
    - by HITOIKI (11/04)
  • 「一本木沢から志津温泉まで」
    - by HITOIKI (11/04)
  • 「砂子関から櫛引まで続く六十里越街道」
    - by HITOIKI (11/04)
  • 「山寺駅から南面白山経由で面白山高原駅」
    - by HITOIKI (11/04)
  • 「蔵王葉ノ木沢林道のダケカンバ(令和3年8月1日)」
    - by 山形市/H夫 (11/04)
  • 「一本木沢から志津温泉まで」
    - by 山形市/H夫 (11/04)

ラベルリスト

しるし つぶやき へレ・ヘレ もみじ公園 やりがい アイデンティティー アイヒュンドルフ アウトドア イデア ウノタワ エッセイ エマソン エリック・ホッファー カメラ カント キルケゴール コロナ禍 コースタイム コーマック・マッカーシー ジョギング スピノザ センゲ ソクラテス ゾラ タルド チャールズ・ラム テント テント泊 トルストイ トレッキング トレース写真 トーマス・マン ドイツ ドゥルーズ ドン・デリーロ ニュース ニーチェ ノマド ハイデッガー ヒューム フィッツジェラルド ブロッホ プラトン プルースト ベルクソン ムージル モナドロジー モンテーニュ ライプニッツ ラミュ リスク リチャード・フラナガン ルル ル・クレジオ 三吉山 三島由紀夫 上山葉山 不共可能性 不安 不忘山 中丸山 丸山 亀割山 二ッ森山 二口山塊 京都 他人 他者 仙元山 伊藤亜沙 伊豆ヶ岳 価値 健康 党派性 写真 千歳山 反復 古井由吉 可能性 吉本隆明 吾妻小富士 吾妻連峰 哲学 善 回想 因果関係 國分功一郎 坂口安吾 坊平 埼玉県 堂木沢山 大平山 大東岳 姥ヶ岳 存在 安達太良山 実践 家族 富神山 小東岳 屏風岳 山ごはん 山ご飯 山の情景 山の論点 山仲間 山伏山 山形の山 山形の山巡り 山旅 山本周五郎 山泊 山道具 峠 弁神論 徒歩旅行 御所山 思い出の山々 思考 悠創の丘 情念 意志 愛宕山 戸神山 散歩 斎藤茂吉 春日山 最上川 月山 有間山 朝日連峰 本 村山葉山 杢蔵山 東黒森山 松岡正剛 林道の旅 柴倉山 栂峰 栞 桃色の花 棒ノ折山 森の木たち 正義 武川岳 武甲山 歳時記 水場 水晶山 沼巡り 温泉 滝口 悠生 瀧山 瀬ノ原山 炭沢山 焚き火 無限 猿岡山 猿羽根山 現象学 理性 甑岳 番城山 登山 登山スタイル 登山旅行 登山計画 登山部 白色の花 白鷹山 盃山 目的 県境にロマンを求めて 県外の山 県民の森 真実 磐梯山 社会学 神室連峰 禿岳 私事 稚児百合 稲佐山 笹谷峠 箱根山 総集編 織田作之助 習慣 職場 自己 舟引山 葉隠 蓬沢山 蔵王 蕎麦屋巡り 藪漕ぎ 蜂飼耳 表面 装備 襞 西蔵王 西黒森山 認知バイアス 読書会 豪士山 赤色の花 速報 過去 過去の山行 道迷い 避難小屋 里山 野鳥 金山峠 金山越 金沢 関係性 雁戸山 雑記 雨呼山 青と紫色の花 非日常 面白山 飯豊連峰 鬼束ちひろ 鳥海山 鷹取山 黄色の花 黒森山

つぶやき

  • アーカイブ「意志」
  • アーカイブ「善」
  • アーカイブ「習慣」
  • アーカイブ「不安」
  • アーカイブ「反復」
  • アーカイブ「日常・非日常」
  • アーカイブ「党派性」
  • アーカイブ「世間」
  • アーカイブ「自己」
  • アーカイブ「回想」
  • アーカイブ「キルケゴール」
  • アーカイブ「私事」
  • アーカイブ「思考」
  • アーカイブ「正義」
  • アーカイブ「真実」
  • アーカイブ「ニーチェ」

今日のつぶやき


    令和4年6月1日
    〈身体の使用〉 

    「使用というのは使うということですから、主体が客体を使うと、つまり支配と同じく主客図式に則っているように思えます。しかし、たとえば自転車に乗るときのことを考えてみればわかるように、何かを使用するためには、それを使用する者へと自らを構成しなければなりません。コロナ時代の哲学 左右社 96頁」

     ものを使用することで私たちは主体となる。しかし、すべての人が自転車に乗れるわけではない。ものの使用を強いると、それに乗り遅れまいとする、どことなくせかせかした気持ちが生まれる。だから、行き過ぎたものの使用は私たちを鬱にする危険性がある。  ただし、まったくものが無ければ主体は原始状態のままであるのも事実だ。その最も基本となるのが、生まれたての赤児の親との触れ合いだろう。その基本的な使用にあたるのがアゲンベンの「移動の自由と死者の権利」と言えるかもしれない。この自由と権利は人間という主体にもともと具わっているものであって、そこで大事となるのが身体の使用だ。

     ところで、死ぬことは自分一人では完結できない。死ぬことが体験できるとすれば、それは他人の死だけである。そう考えるコロナ禍での孤独死は大きな意味を持つ。死者の権利が許されなければ、死者は死ぬことすらできないことになるだろう。


    令和3年12月6日
    〈会得〉

    「会得はまず第一に引き-受けること、自分の方へ向かって来させること、つまり自己を示すものを引き-受け、自分の方へ向かって来させることを意味する。第二に会得は、証人の供述を聴き取ること、証人を呼び出して事情を聞き取り、事件の配置と成り立ちとがどうなっているかを確-立することを意味する。このような二重の意味での会得とは、自分の方へ向かって来させること、ただしその場合、ただ引き受けるというだけでなく、自己を示すものに対して受けつける構えをとるということを言い表している。軍隊が迎撃陣地を敷くときは、その軍隊は自分の方へ向かって来る敵を迎えようとするのだが、少なくとも敵を立つことへともたらすような仕方で迎えるのである(ハイデッガー 形而上学入門 平凡社 226頁)。」

     存在と思考についてハイデッガーはギリシャのパルメミデスの断片から考察しています。思考の源は会得でした。それは二重の意味があって、自己を示すもの(存在)を来させるだけでなく、立たせるように構えます。

     私は自分が受け身であることにこだわりを持っていました。それは欠点であるかもしれないが、自分ではそうだとは認めたくなかった。今、この受け身が迎撃陣地なのだと合点がいった。


    令和3年12月4日
    〈集める〉

    「legein 集めるという語は、もしphysisの意味でのlogosへの本質的な関連に基づいてでないとしたら、一体どこから隠蔽と対立している開明(露呈)の意味を持ちえただろうか? という単純な問いがここで提出されてもよいであろう(ハイデッガー 形而上学入門 平凡社 278頁)。」

     logosについてハイデッガーは「存在と時間」のロゴスの概念の中で見えるようにすることだと述べています。まず見えるようにするには集めることから始めなければなりません。それから集めたものを並べ替えて名前を付ける。その過程で世界は明らかになってくるでしょう。そして自分自身も。


    令和3年11月30日
    〈吹聴してまわる〉

     ただ「聞く」だけの輩、どこででも聞き耳を持ち、聞きたいことを吹聴してまわるような輩はaxynetoi、すなわち把−握−して−いない者であり、いつになってもそのままである。こういう輩がどんなものであるかは断片 三四が語っている。「存続的凝集は収集しない者どもは聾者に等しい聞き手である」(ハイデッガー 形而上学入門 平凡社 213頁)。」

     ヘラクレイトスの断片を引用してハイデッガーはロゴスと芸術について述べている。さらにこんな引用もある。

     「最も美しい世界は、めちゃくちゃに散らかっていて、まるで糞尿の堆積のようである」(断片 一二四)(同 219頁)。」

     この糞尿の解釈は難解であるが、流転するものを支配してこそ芸術であるということか。ともかく、吹聴してまわるような輩がネット上にはなんと多いことか。


    令和3年11月29日
    〈あれやこれやの視点〉

    「doxaは誰かがその中に立っている様子であり、もっと広い意味では、そのつどの存在者がその相(eidos, idea)において隠したり露呈したりしている様子である。一つの町は壮大な有様を呈する。一つの存在者が自己において持っており、それゆえにこそ初めて自己から呈することのできる光景は、そのたびごとにあれやこれやの視点から受け取られる(ハイデッガー 形而上学入門 平凡社 172頁)。」

     まだ、プラトンが生まれる前のギリシャではdoxaもideaも混然としていて、その営みが歴史となった。コロナ禍の現在、さまざまな僻見がネット上に氾濫している。それは営みとは言えないし戯れでもない。そのSNSが詩となった時には存在者は存在となっているだろう。


    令和3年11月24日
    〈自ら進んで氷と高嶺との中で生きること〉

    「このように、自己を根拠として跳び出させるような跳躍を、われわれは語の真の意味に従って根−源と名づける、つまり自己に−根拠−を跳び出させるということである(ハイデッガー 形而上学入門 平凡社 19頁)。」

    「この問うことそのことが尋常平凡事の外にあるのである。それは全く自発的であり、すっかり、そしてもっぱら自由という深淵な根拠、さらに跳躍と呼んだあのことへと基づけられている。やはりニーチェが言っている、「哲学とは・・・自ら進んで氷と高嶺との中で生きることである」(XV, 2『この人を見よ』序言三)と(同31頁)。」

    「これまで私が理解し、生きてきたような哲学とは、自分から進んで氷と高山のなかで暮らすことなのだ。生活のなかで見知らぬものや疑わしいものを、道徳のせいでこれまで破門されていたものを、残らず探し出すことなのだ(ニーチェ この人を見よ 光文社古典新訳文庫 10頁)。」

     自発的とは「自ら進んで氷と高嶺との中で生きること」。氷や高嶺よりの日常世界のほうが多くの発見があるように思えるが、自発的とは残らず探し出すこと。だから、まず日常をくまなく見て、疑うことから始めよう。それは、日常からの逃避ではない。根−源は日常の中の根拠からの逃避ではなく跳躍だ。


    令和3年11月21日
    〈本質と実在の差別 〉

    「本質と実在の差別が存在と存在者の差別と同時に合わせて思惟に差し出されるのはごく通例のことであるが、これらの区別の本質来歴はきわめて不分明であり、またそれらが表裏一体をなしている骨組みはきわめて無規定的である。おそらく形而上学的思惟は、その本質からして、自明と見なされているこれらの区別の秘める謎に満ちたものに対して、いかなる理解を示すこともできないであろう(ハイデガー ニーチェ Ⅲ 白水社170頁)。」

    「エネルゲイアと存在の始原的本質(アレーテイアープッシュ)との間には、イデアが立っているのである(同172頁)。」

     まず簡単に語句の説明をしたい。

     本質とは何—存在(Was-sein)のことで、あれこれの樹が実在するかは度外視して、樹が樹として何であるか、また植物として、生命体として、樹的なものとは何であるかということ。

     実在は存在するか、存在しないかの事実をいう。

     エネルゲイアは作品のなかに作品として現成するか、作品性のこと。

     アレーテイアは露呈、プッシュは発現を意味する。

     存在者と存在とを区別する道は作品制作の行程に喩えられよう。すると、どんな作品にするかというイデアが間に入らざるを得ない。こう考えるのではなく、作品制作の過程で生まれた思惟が区別を解き明かす道なのかもしれない。


    令和3年11月14日
    〈『存在と時間』挫折 〉

    「それにしても、〈存在企投〉とか〈存在了解〉という出来事が、いま述べたように、現存在のもとで起こりはするが、現存在が意識的におこなう働きではまったくないのだとすれば、〈企投〉とか〈了解〉といういかにも能動的な作用を思わせる言い方は不適当ではなかろうか。いかにもそのとおりであって、のちに見るように、これが『存在と時間』挫折の原因となり、ハイデガー自身も考えを変え、いわゆる後期には、この事態を〈存在の生起〉とか、ただ〈出来事〉と呼ぶようになるのだが、それはもっとのちの話である(木田 元 ハイデガー『存在と時間』の構築岩波書店119頁」

     意識的な働きではなくても生起はある。結果的にそこに自分の希望や可能性が偲ばれることもあろう。だから、気張らず、自然体で過ごせばいい。その出来事には必ず生起は継続する。


  • RDF Site Summary
  • RSS 2.0

過去ログ

  • 2022年12月(2)
  • 2022年11月(14)
  • 2022年10月(21)
  • 2022年09月(13)
  • 2022年08月(11)
  • 2022年07月(12)
  • 2022年06月(15)
  • 2022年05月(20)
  • 2022年04月(25)
  • 2022年03月(27)
  • 2022年02月(16)
  • 2022年01月(21)
  • 2021年12月(24)
  • 2021年11月(22)
  • 2021年10月(14)
  • 2021年09月(3)
  • 2021年08月(5)
  • 2021年07月(6)
  • 2021年06月(5)
  • 2021年05月(7)
  • 2021年04月(5)
  • 2021年03月(6)
  • 2021年02月(6)
  • 2021年01月(8)
  • 2020年12月(6)
  • 2020年11月(7)
  • 2020年10月(4)
  • 2020年09月(6)
  • 2020年08月(5)
  • 2020年07月(4)
  • 2020年06月(4)
  • 2020年05月(6)
  • 2020年04月(4)
  • 2020年03月(6)
  • 2020年02月(8)
  • 2020年01月(5)
  • 2019年12月(5)
  • 2019年11月(4)
  • 2019年10月(5)
  • 2019年09月(36)
  • 2019年08月(40)
  • 2019年07月(38)
  • 2019年06月(4)
  • 2019年05月(4)
  • 2019年04月(4)
  • 2019年03月(5)
  • 2019年02月(4)
  • 2019年01月(6)
  • 2018年12月(5)
  • 2018年11月(6)
  • 2018年10月(5)
  • 2018年09月(6)
  • 2018年08月(13)
  • 2018年07月(5)
  • 2018年06月(4)
  • 2018年05月(4)
  • 2018年04月(4)
  • 2018年03月(5)
  • 2018年02月(2)
  • 2018年01月(5)
  • 2017年12月(6)
  • 2017年11月(4)
  • 2017年10月(4)
  • 2017年09月(6)
  • 2017年08月(7)
  • 2017年07月(5)
  • 2017年06月(6)
  • 2017年05月(5)
  • 2017年04月(5)
  • 2017年03月(5)
  • 2017年02月(11)
  • 2017年01月(5)
  • 2016年12月(7)
  • 2016年11月(6)
  • 2016年10月(6)
  • 2016年09月(6)
  • 2016年08月(4)
  • 2016年07月(6)
  • 2016年06月(11)
  • 2016年05月(25)
  • 2016年04月(20)
  • 2016年03月(18)
  • 2016年02月(5)
  • 2016年01月(3)
  • 2015年12月(6)
  • 2015年11月(3)
  • 2015年10月(6)
  • 2015年09月(9)
  • 2015年08月(10)
  • 2015年07月(14)
  • 2015年06月(8)
  • 2015年05月(4)
  • 2015年04月(8)
  • 2015年03月(8)
  • 2015年02月(5)
  • 2015年01月(11)
  • 2014年12月(9)
  • 2014年11月(6)
  • 2014年10月(2)
  • 2014年09月(11)