総集編西蔵王の沼巡り(平成24年12月1日)
刈り取りの終わった田のある農道を歩いていくと行きどまりだったが、昔の登山道の跡を求めて藪こぎを始めた。藪こぎは麓に近いほうが大変で、あっという間に前方は閉ざされ行き場に困った。コンクリートの側溝が坂を真っ直ぐに下っているのでその溝のなかを登ろうかと試したがすべってしまった。仕方なくすこしもどって脇のほうから藪を漕いで這い上がった。りっぱな車道にでたが、藪こぎのスイッチが入ったようで車道を歩きたくなくなった。
GPSは持って来たが地形図はなかったので、なるべく見通しのよさそうな尾根を見つけて藪こぎをまた始めた。登り始めてすぐに石に囲まれた長方形の穴を見つけた。井戸のようでもあるが、こんな尾根の途中に井戸を掘るだろうか。竪穴住居の跡かなとか想像をめぐらすとロマンを感じたが墓跡だったかもしれない。いずれにしても昔の人の生活の気配が感じられて面白かった。
尾根を登り切ると送電線の高い鉄塔の真下に着いた。ここは危険ですから登ってはいけません、と書いてあるがここまで歩く人は私のようなもの好きくらいだろう。鉄塔をすぎると笹のおい茂る軽い鞍部となるがその向こうの尾根が分からずGPS取り出した。鞍部をつき切ってすこし左に折れると車道にでるようだった。
藪を漕いでいると暑くなって毛糸の帽子とネックウォーマーを取ると、刺のあるドロボーと呼んでいる茶色の種がいっぱいついていた。ザックにしまって車道を歩くと雪崩防止に金網を張った崖にであった。靴のつま先が丁度かかるくらいなのでよじ登った。車道を車が通らないことを祈って。登りきるとコンクリートの空き地にでたが何のための工事だったのかわからなかった。ここから車道まではまだすこし崖をのぼらなければいけなかったが、蔓がベットのように這いまわっていた。足を絡まれないように登って行った。
リンゴ畑のある農道を歩くとまた行きどまりだった。雪もすこし深くなった斜面は藪こぎもいらなくなって、窪みが頂上のほうまで削られているようだった。脇には名前が記されたピンクの目印があって、歩きやすかった。落ち葉の上に新たに積もった雪は鱗のような模様を描いていて龍の道のようにも見えた。
突然、遊戯が見えてきて西蔵王公園の一角についたことが分かった。GPSをみるといくつかの沼が近くにあることが分かった。右に曲がって大谷地沼を半周した。水鳥の姿はないが良く見ると水面はV字に波打っていて、水面下には元気な魚たちがいるのだろう。沼の周りの杉林は雪をかぶって水面に映っている。色どりのない湖畔にしばし足を止めて秋が去るのを見送った。
公園まで戻って山頂を目指す。途中に遊具を整備している工事の人に会った。来春のために安全を確認しているのだろう。脇を通ってテレビ塔までの最後の九十九折りは滑りそうなので串刺しにせずにそのまま歩いた。テレビ塔のあるところが西蔵王の頂上だが、蕎麦屋が閉店する時間になりそうだったので休まず進む。頂上の稜線を進むと今は通行禁止の古い吊り橋に出た。脇の石碑の前をぬけて車道まで下りた。
杉木立に囲まれた祠の前を通ると、そば大山桜はすぐだ。なんとか間に合って食前酒を味わいながら天ぷらそばを待った。そばは丁度いい歯ごたえと新そばの香りとで満足した。店主と二人でテレビを見てくつろいだ。
展望広場までお腹とからだも満ち足りた感じで歩き出す。すすきの穂に今、積もったばかりの雪が帽子のように被さっていて秋から冬に流れる時を思う。風は強くなり帽子とネックウォーマーで目だけを出して首から上を覆った。展望広場には誰もいなくて空からの白いものだけが私に近寄ってきた。
下りの階段は降り始めた雪に隠れて滑りやすく、ザックに挿してあったストックを持った。公園から黒尻沼に立ち寄った。沼の水面は曇天と杉林を映し深い緑色をしていた。沼の畔に群生しているすすきは雪に絡まれてほのかに明るく浮き上がり湖面をたよりなげに色取っていた。
悠想の丘に続く林道に出ると今日最後の沼の脇を歩く。降り続いた雪で水面に折り重なるように張り出した老木は枝が真綿をかぶったようになっていて、全ての生き物の息も止まったままのようだった。この一日で山全体が冬眠に入ってしまったようだ。もう少し雪が積もって道の上に動物の足跡が見えだすまでは、なにもかもが眠りに落ちる
悠想の丘の南側の遊歩道を歩く。毒蛇注意の看板が季節外れに立っていた。竹林も雪のヴェールを着て繭のように静かだ。新しく架かった吊り橋だけが真新しい木目を見せて孤立している。その上を渡る私はようやく目がさめた童子のように現実に連れ戻されてしまった。
GPSは持って来たが地形図はなかったので、なるべく見通しのよさそうな尾根を見つけて藪こぎをまた始めた。登り始めてすぐに石に囲まれた長方形の穴を見つけた。井戸のようでもあるが、こんな尾根の途中に井戸を掘るだろうか。竪穴住居の跡かなとか想像をめぐらすとロマンを感じたが墓跡だったかもしれない。いずれにしても昔の人の生活の気配が感じられて面白かった。
尾根を登り切ると送電線の高い鉄塔の真下に着いた。ここは危険ですから登ってはいけません、と書いてあるがここまで歩く人は私のようなもの好きくらいだろう。鉄塔をすぎると笹のおい茂る軽い鞍部となるがその向こうの尾根が分からずGPS取り出した。鞍部をつき切ってすこし左に折れると車道にでるようだった。
藪を漕いでいると暑くなって毛糸の帽子とネックウォーマーを取ると、刺のあるドロボーと呼んでいる茶色の種がいっぱいついていた。ザックにしまって車道を歩くと雪崩防止に金網を張った崖にであった。靴のつま先が丁度かかるくらいなのでよじ登った。車道を車が通らないことを祈って。登りきるとコンクリートの空き地にでたが何のための工事だったのかわからなかった。ここから車道まではまだすこし崖をのぼらなければいけなかったが、蔓がベットのように這いまわっていた。足を絡まれないように登って行った。
リンゴ畑のある農道を歩くとまた行きどまりだった。雪もすこし深くなった斜面は藪こぎもいらなくなって、窪みが頂上のほうまで削られているようだった。脇には名前が記されたピンクの目印があって、歩きやすかった。落ち葉の上に新たに積もった雪は鱗のような模様を描いていて龍の道のようにも見えた。
突然、遊戯が見えてきて西蔵王公園の一角についたことが分かった。GPSをみるといくつかの沼が近くにあることが分かった。右に曲がって大谷地沼を半周した。水鳥の姿はないが良く見ると水面はV字に波打っていて、水面下には元気な魚たちがいるのだろう。沼の周りの杉林は雪をかぶって水面に映っている。色どりのない湖畔にしばし足を止めて秋が去るのを見送った。
公園まで戻って山頂を目指す。途中に遊具を整備している工事の人に会った。来春のために安全を確認しているのだろう。脇を通ってテレビ塔までの最後の九十九折りは滑りそうなので串刺しにせずにそのまま歩いた。テレビ塔のあるところが西蔵王の頂上だが、蕎麦屋が閉店する時間になりそうだったので休まず進む。頂上の稜線を進むと今は通行禁止の古い吊り橋に出た。脇の石碑の前をぬけて車道まで下りた。
杉木立に囲まれた祠の前を通ると、そば大山桜はすぐだ。なんとか間に合って食前酒を味わいながら天ぷらそばを待った。そばは丁度いい歯ごたえと新そばの香りとで満足した。店主と二人でテレビを見てくつろいだ。
展望広場までお腹とからだも満ち足りた感じで歩き出す。すすきの穂に今、積もったばかりの雪が帽子のように被さっていて秋から冬に流れる時を思う。風は強くなり帽子とネックウォーマーで目だけを出して首から上を覆った。展望広場には誰もいなくて空からの白いものだけが私に近寄ってきた。
下りの階段は降り始めた雪に隠れて滑りやすく、ザックに挿してあったストックを持った。公園から黒尻沼に立ち寄った。沼の水面は曇天と杉林を映し深い緑色をしていた。沼の畔に群生しているすすきは雪に絡まれてほのかに明るく浮き上がり湖面をたよりなげに色取っていた。
悠想の丘に続く林道に出ると今日最後の沼の脇を歩く。降り続いた雪で水面に折り重なるように張り出した老木は枝が真綿をかぶったようになっていて、全ての生き物の息も止まったままのようだった。この一日で山全体が冬眠に入ってしまったようだ。もう少し雪が積もって道の上に動物の足跡が見えだすまでは、なにもかもが眠りに落ちる
悠想の丘の南側の遊歩道を歩く。毒蛇注意の看板が季節外れに立っていた。竹林も雪のヴェールを着て繭のように静かだ。新しく架かった吊り橋だけが真新しい木目を見せて孤立している。その上を渡る私はようやく目がさめた童子のように現実に連れ戻されてしまった。

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